トリチウムと核兵器

原子力
03 /03 2015
核兵器のうち、原子爆弾は核分裂反応を用い、水素爆弾はその原子爆弾による核分裂反応のエネルギーを用いて核融合反応を引き起こし、強力な威力を発生させることが知られています。

この核融合反応においては水素の同位体である重水素とトリチウム(三重水素)による核融合反応である「D-T反応」が用いられます。またこのD-T反応により、重水素同士の核融合反応である「D-D反応」も生じさせることができます。

重水素を含む水は重水と呼ばれますが、これは天然にもわずかながら存在しているためこれを分離することで得られます。しかしトリチウムは半減期が12.3年ほどの放射性同位体であるため、崩壊によって時間とともに失われてしまいます。

そのため天然には宇宙線による核反応で生成された極微量なトリチウムを除き、殆ど存在していません。トリチウムの生産方法としては原子炉を用いて中性子を重水素に吸収させて核変換によりトリチウムを生成する方法と、金属リチウムに中性子を衝突させることでトリチウムを生成する方法が挙げられます。

しかし重水は中性子を吸収しづらいため、トリチウムが作られづらいのです。そのためリチウムの同位体であるリチウム6に中性子を吸収させることでトリチウムを作り出す方法が一般的に用いられています。

核兵器用のプルトニウムの生産用原子炉としては、核分裂で生じる中性子を効率的に利用でき(中性子経済が良い)、かつ短い期間で運転中にも核燃料を交換できる構造を持つ、二酸化炭素冷却で圧力管型の黒鉛減速炉が広く用いられています。トリチウムの生産用原子炉としても黒鉛炉や、重水を減速材とする重水減速炉が広く用いられます。重水や黒鉛は共に中性子経済が良いため、トリチウム生産とプルトニウム生産を兼ねている場合もあります。

代表的なトリチウム生産用原子炉としては、アメリカのサバンナリバー核施設のK炉や、フランスのマルクール核施設のセレスティンI、II炉、イギリスのウィンズケール炉が挙げられます。

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▲米サバンナリバー核施設の重水炉「K炉(K-Reactor)」(Credit:DOE)

中性子照射を受けたリチウムには核変換によって生み出されたトリチウムが含まれているため、これを化学的に溶解させ、分離する方法が取られています。

ちなみに原子炉で照射を受けた重水からトリチウムを単独で取り出すには様々な方法が挙げられます。通常の水である軽水と、重水と、トリチウム水とで沸点が若干異なることを利用し、蒸発と凝集を繰り返すことで濃縮する「水蒸留法」や、超低温において液体水素と液体重水素と液体トリチウムを蒸留させることで濃縮する「水素蒸留法」のほか、「同位体交換法」や「電気分解法」が挙げられます。これらの技術は重水を減速材に用いる原子炉において、その重水を浄化するためにも用いられます。

トリチウムは半減期が短く、また製造コストも高額であり、さらに気体のままでは密度が低いため、水素爆弾に利用する場合は大変扱いづらくなってしまいます。極低温まで冷却して液化する方法もありますが、トリチウム自体の崩壊熱により液体を維持するのが大変難しくもあります。

そのため水素爆弾においては、トリチウムを直接搭載せず、代わりにトリチウム生産用原子炉と同様にリチウムを用いる方法が利用されています。

これはリチウムに重水素を化合した、重水素化リチウムを用いて
います。重水素もリチウムも安定同位体であるためそのままの状態で保管が可能ですが、これを原子爆弾の強烈な熱エネルギーと中性子線に曝すと核反応を引き起こし、原子炉と同様にリチウムがトリチウムへと変化する反応が起こります。

この起爆の瞬間にリチウムから核反応によって生み出されたトリチウムと重水素が核融合反応を起こすことで水素爆弾はTNT換算でメガトン級の絶大な破壊力を持つのです。


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W88核弾頭(水素爆弾)の内部構造。第一段(プライマリ)の強化型原子爆弾にトリチウムが、第二段(セカンダリ)に重水素化リチウムが用いられています。


ではトリチウムをそのまま単体で用いる場合というのはどういうときなのでしょうか。それは「ブースト原爆」とも呼ばれる強化型原子爆弾に用いられるのです。

原子爆弾の核分裂は中性子によってその連鎖反応が引き起こされますが、これを重水素とリチウムのD-T核融合反応にもよって生み出される中性子で補うことでさらに核分裂を促進させる事ができます。これにより多くのウランやプルトニウムを核分裂させ、原子爆弾が放出するエネルギー量を向上させることができます。


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W30核弾頭(ブースト原子爆弾)の構造。
「DEUTERIUM & TRITIUM GAS」と書かれた部分が重水とトリチウムのガスタンクです。
http://www.okieboat.com/How%20nuclear%20weapons%20work.html


前述の通りトリチウムは半減期が短いために定期的な交換が必要となります。トリチウムの崩壊で生み出されるヘリウム3は中性子を吸収しやすいため、これが溜まってきてしまうと威力の向上どころか逆に低下をもたらしてしまう場合もあります。

そのためトリチウムを交換しやすいよう、トリチウムガスと重水素ガスを封入したタンクはプルトニウムのコアから少し離れた場所に設置され、メンテナンスしやすくなっています。起爆時にはこのボンベ内のガスをプルトニウムコア内部に送り込む事で使用可能な状態となります。

トリチウムと重水素の高圧ガスによって原子爆弾の出力が強化されるこのです。こうしてトリチウムは高濃縮ウランや兵器級プルトニウムと同様に重要な核兵器用の核物質として利用されてきたのです。

ちなみにトリチウムの平和利用としては核融合炉の燃料として研究が進められているほか、ベータ崩壊を利用して蛍光物質を励起させて光らせる時計の照明などが挙げられます。

以前に僕が自作した原子力電池もトリチウムを利用しております。

【次世代原子炉】鉛高速炉と鉛ビスマス高速炉

原子力
01 /27 2015
原子炉のうち、核分裂連鎖反応に高速中性子を用いる原子炉を総じて高速中性子炉や、高速炉と呼びます。

そのうち、ウラン238からプルトニウム239を生み出すなどして、運転に用いた核燃料物質よりも多くの核燃料を生み出せる高速炉を「高速増殖炉」と呼びます。

現在発電用などで広く用いられている沸騰水型軽水炉や、加圧水型軽水炉と呼ばれる原子炉は、普通の水である軽水を減速材として中性子の速度を落とし、熱中性子とすることで核分裂の連鎖反応を引き起こしやすくしています。こうした原子炉を高速中性子炉と対比して熱中性子炉と呼びます。

高速炉は核分裂で生じた中性子を減速させたくないのと、高速中性子は熱中性子よりも核分裂性物質に当たりにくくなるため、熱中性子炉よりも核燃料が濃くなっていること(ウラン濃縮度が高い、もしくはプルトニウム富化度が高い)、さらに燃料集合体の距離が近い(稠密化)ために、単位容量あたりの発熱量が大きくあります。

そのため原子炉の冷却に軽水を用いると、その熱を輸送しきれないという問題があります。さらに軽水は中性子を吸収したり減速したりする効果が高いため、中性子のエネルギーを維持しにくく、さらに生じた中性子を有効活用しにくくなってしまいます。

そのため高速炉では水などよりも熱輸送能力の高い液体金属をその冷却材として用いようと研究されてきました。その多くは金属ナトリウムを用い、日本の高速増殖炉である「もんじゅ」もこのナトリウム冷却です。

ナトリウムは熱輸送能力が高く、また比重は水とさして変わらず、中性子の吸収や減速の反応も少ないので高速炉の冷却材として研究されていました。

そしてこのナトリウム以外の冷却材として、鉛や鉛とビスマスの合金(LBE)を用いた原子炉が研究されています。

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▲鉛冷却高速炉の図。原子炉容器内に蒸気発生器が直に設置されているのが特徴的です。(Credit:INL)

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【原子力電池】プロメチウム原子力電池

原子力
10 /13 2014
原子力電池といえば、宇宙用でも一般的なプルトニウム238の利用が標準的であります。

これはプルトニウム238がアルファ崩壊に伴って放出する熱、崩壊熱を利用して熱電変換することで電力を得るというものです。これは70年代にペースメーカーでも長寿命電源として利用された技術であります。

同じくペースメーカー用の電源としてプロメチウム147と呼ばれる放射性同位体を利用した原子力電池も存在していました。これは崩壊熱ではなく、ベータ崩壊に伴って放出されるベータ線をPN半導体に衝突させることで電力を得る「ベータヴォルタイック」と呼ばれる方式の原子力電池でした。

プロメチウムは火の神、プロメテウスから名を取った元素で、安定同位体の存在しない元素のひとつです。

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▲ベータ線を直接に半導体素子へ照射することで電力を得る

こうしたプロメチウム147を用いたベータヴォルタイック方式の原子力電池として、航空機メーカーのマクドネル・ダグラス社の前身のひとつであるドナルド・ウェルズ・ダグラス研究所が開発した「ベータセル400」と呼ばれる電池が挙げられます。電気出力400μWを得られる原子力電池です。直径は2.29センチ、重量は98グラムです。

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▲ベータセル400(Betacel400)外観

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▲ベータセル400(Betacel400)内部

直径内部は2.4テラベクレルの三酸化二プロメチウム(PM2O3)と半導体素子がサンドイッチ構造にされています。開放電圧4.9ボルト、短絡電流112マイクロアンペアです。電力への変換効率は1.7パーセントです。

プロメチウム147は半減期が約2.6年と短くありますが、その分比放射能が高く、熱電変換方式の原子力電池(RTG)と比較して少量で小型な電池を製作することが可能です。

熱エネルギーを用いない原子力電池として、熱電変換方式の原子力電池(RTG)と違い、余熱の利用などはできませんが、逆に熱環境に依存しにくい電源として宇宙開発やその他の特殊電源としての活用方法があるかもしれません。

プロメチウム147の生産は

・熱中性子によるウラン235の核分裂生成物(FP)から分離
・熱中性子によるネオジム146の照射で生成されるネオジム147がベータ崩壊することでプロメチウム147を得る
・陽子加速器を用いてウラン炭化物ターゲットに陽子を照射する
・高速中性子によるウラン238の核分裂生成物(FP)から分離


などの方法が挙げられます。1960年代はアメリカのオークリッジ国立研究所(ORNL)が年間650グラムのプロメチウム147を生産していましたが、1980年代に生産を終了してしまいました。2010年以降に同研究所の高フラックス同位体原子炉(HFIR)を用いてプロメチウム147の生産再開が検討されています。その他ロシアにおいてもプロメチウム147の生産が行われています。

プロメチウム147はこれまで蛍光灯のグロー管や、時計の夜光塗料として用いられていたこともありましたが、近年はそうした産業利用がされていない同位体です。こうしたベータヴォルタイック方式の原子力電池も様々な方法で活用されればと思います。

【核燃料サイクル】プルサーマル計画と高速増殖炉

原子力
05 /29 2014
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▲二酸化ウランのペレット。一般的な酸化物燃料です。(Credit:USNRC)

さまざまな核燃料

ひとくちに核燃料といっても様々なものがあります。天然に存在するウランのうち、核分裂しやすいウラン235の割合を天然そのままの0.7パーセント程度にした「天然ウラン燃料」や、その割合を3パーセント程度まで高めた「低濃縮ウラン」、20パーセント以上まで高めた「高濃縮ウラン」など、ウラン235の割合によって異なるほか、元々は金属として存在するウランを金属そのままで利用する「金属燃料」、セラミック状に焼き固めた「酸化物燃料」、窒素と結合させた「窒化物燃料」など化学的な組成においても様々な種類が考えられています。

そして、一般的な軽水炉と呼ばれるタイプの原子力発電所では核燃料に低濃縮ウランが使用されています。これは核分裂の連鎖反応が起こりやすくなるよう、核分裂を引き起こす中性子の速度が遅くさせるための減速材に軽水(いわゆる普通の水)が使用されています。この水は原子炉を冷却し、その熱を取り出して発電に利用されるものでもあります。

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【宇宙用原子炉】冷却材・発電方式の選択と原子力電気推進

原子力
05 /13 2014
宇宙炉と電気推進

宇宙空間で原子炉を利用するメリットは太陽光の届かない場所でも運用が可能であり、かつ原子力電池よりも高い出力を得られる事にあります。

この高い出力は主として、小惑星探査機「はやぶさ」に搭載されているイオンエンジン「μ10」のような電気推進システムを駆動させるのに大変有用であります。

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NASAのイオンエンジン「NSTAR」(Credit:NASA)

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今井智大原子力

いまいともひろです。

偉大なる88年生まれ
偉大なる三重県出身 偉大なる東京都在住
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