アメリカ国家偵察局がNASAに、人工衛星をプレゼント!?

宇宙
03 /08 2017
NASAと言えば、アメリカの世界最大の宇宙機関として有名ですが、実はアメリカにはNASAに加えてもう一つ宇宙機関があります。いくつかある諜報機関の一つでもある、国家偵察局(NRO)です。

NROもNASAもそれぞれ自分の衛星を運用しているわけですけれども、NROは偵察衛星の開発と運用をメインにしており、「キーホール」というコードネームの有名な偵察衛星もここの所属です。

先日、NASAが「よその省庁から余った衛星もらってきたので、搭載する科学機器を募集します!」というニュースが流れました。この衛星は科学技術プラットフォーム衛星「NSTP-Sat」としての打ち上げが計画されています。2021年頃に地球の低軌道や静止軌道、また地球と月のラグランジュポイントや、月軌道まで送り込まれるかもしれないそうです。

NASA seeks payload ideas for mystery satellite - SpaceNews.com
http://spacenews.com/nasa-seeks-payload-ideas-for-mystery-satellite/



この衛星は現在ではあまり見なくなった円筒形のスピン安定方式であり、ヒューズ・スペース・アンド・コミュニケーションズ(現ボーイング)の「HS-389」、もしくは「HS-393」と一致すると言われています。HS-389はインテルサット6シリーズに使用されるなど、商用でも広く利用された衛星バスでした。

ボーイング製の商用スピン衛星バスは2003年に打ち上げられた「e-BIRD」に使用されたHS-376を最後に使われていませんので、このNASAの衛星が打ち上げられることになれば20年弱ぶりという事になります。

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▲NASAが公開した「NSTP-Sat」の外観。(Credit:NASA)
さて、この余っていたという人工衛星、NASAはどこからとは明言していないものの、NASA以外で衛星を余らせるようなところといえばNROくらいしか無いのと、恐らくNROが運用しているデータ通信中継衛星「クエーサー」の余りではないかと言われています。

偵察衛星の変遷とデータ中継衛星「クエーサー」

偵察衛星のうち「キーホール」シリーズは画像偵察をメインにしており、衛星軌道上から撮影した写真を地球に送ることができます。

「画像を送る」といえば、デジタルカメラで撮った写真などを、電気信号としてデジタル送信するイメージが強いですよね。しかし通信ネットワークがまだ弱く、高解像度の撮像素子も開発されていなかった1980年代くらいまでは、キーホール衛星はフィルムを用いた撮影を行っていたのです。

地球から衛星に指令を送り、撮影したい場所の真上まで行くとシャッターを切って写真を撮るわけです。この撮った写真のフィルムをどうするかと言うと、なんと大気圏再突入用のカプセルで巻き取り、それを地球に落っことして飛行機で回収するというアクロバティックな事をしていました。

しかし時代が進み、デジタル化の波も宇宙までやってくると偵察衛星のカメラもフィルムカメラからデジタルカメラに置き換えられたのです。初めてデジタル化されたキーホール衛星は「KH-11」と呼ばれていました。

そして写真を電波にして遅れるようになったのですが一つ問題がありました。というのも偵察衛星はできるだけ地表に近いところを飛んだほうが高い解像度で写真を取れるので、低い軌道を飛んでいます。そのため地上から見ると一瞬で過ぎ去ってしまいます。これで厄介なのは衛星から電波で写真を受け取れる時間があまりにも短いということです。いくらなんでも高速で飛び去る人工衛星から大量の写真を直接地上で一気に受信するのは無理があるのです。

そのため、別の人工衛星を打ち上げ、その衛星に通信中継をしてもらうことで地上でデータを常に受け取れるようにしました。NROが運用したこの衛星は「SDS」、もしくは「QUASAR(クエーサー)」と呼ばれています。

この衛星は光学偵察衛星「キーホール」のほか、レーダー偵察衛星「ラクロス」、「オニキス」からのデータを中継するために複数機が打ち上げられ、SDS-1シリーズ、SDS-2シリーズ、SDS-3シリーズと3世代が打ち上げられてきました。SDS-1シリーズは単に「SDS」と呼ばれ、SDS-2シリーズは「クエーサー」と呼ばれ、SDS-3シリーズはそれぞれ固有の名称を持っていました。

衛星は静止軌道とモルニヤ軌道に複数機が配置されるコンステレーションを構成します。これによって衛星がどこに居ても通信を中継し、データをやりとりできるようになっているのです。

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▲SDS-3の軌道

SDS-3は三軸姿勢制御の衛星であると予測されていますが、具体的な形状などは公開されていないので詳細は不明です。一方でSDS-1はその写真が公開されており、今回がNASAに譲渡された衛星と形状などがかなり近いことがわかります。

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▲データ中継衛星「SDS-1」(Credit:NRO)

SDS-2はSDS-1の通信能力を強化したものであり、同じようなバスを使用していると考えられています。この「SDS/クエーサー」シリーズに使用するはずだった衛星バスがNROからNASAにプレゼントされたという説が濃厚なようです。

これは逆に言えば殆ど情報のなかった「SDS/クエーサー」には、この商用通信衛星用の「HS-389」もしくは「HS-393」が使用されていた可能性が高いということにもなり、大変興味深い発表でした。

NRO、以前はNASAに鏡をプレゼント

NROがNASAにプレゼントをしたのは今回のこの衛星だけではありません。2012年には過去に計画中止となった光学偵察衛星「将来画像アーキテクチャ(FIA)」用に開発された直径2.4メートルもの大型の鏡を2枚NASAにプレゼントしました。この鏡のお値段なんとびっくり、1枚約250億円

ただし撮影用のセンサやその他の電子機器は取り払われた、純粋な鏡単品であったため、NASAは別途これらを開発する必要がありました。NASAはあのハッブル宇宙望遠鏡の後継として広域赤外線望遠鏡「WFIRST」の開発を進めていいましたが、この主鏡に貰った鏡を使用することにしました。当初はもっと後継の小さい鏡を使う予定であったため、これでより高性能になるものと期待されています。しかし鏡が大きくなると宇宙望遠鏡自体の大きさも大きくなるため、搭載するセンサ機器や打ち上げるロケットも大型化するなど、この部分のコストは若干高くなるようです。

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▲NASAの広域赤外線望遠鏡「WFIRST」(Credit:NASA)

そして2枚もらったうちのもう1つは特に使用用途はまだ決まっていないそうで、現在数十件あるアイデアを検討しているところだそうです。なお、NROはNASAに鏡を譲渡するときにモノがモノだけに「地球観測にだけは使わないでね…?」という条件をつけたとの事。

ハッブルも元は偵察衛星?

今活躍しているハッブル宇宙望遠鏡も基本的な設計は、NROの偵察衛星「KH-11」をベースにしていると考えられており、要するに地球に向けていたカメラをひっくり返して外宇宙に向けたという事のようです。

NASAに対して軍事偵察の色の濃いNROの情報はあまり出てこないのが実情ですが、こうして宇宙機関同士の繋がりがあるのは面白いですよね!
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今井智大原子力

いまいともひろです。

偉大なる88年生まれ
偉大なる三重県出身 偉大なる東京都在住
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