北朝鮮の水爆開発と、「濃縮リチウム」の実態

核兵器
10 /30 2017
核兵器開発といえば、一般的には高濃縮ウランや兵器級プルトニウムといった、核分裂性物質の製造や輸出入に焦点が向けられます。これらは原子爆弾に用いられる重要な材料ではありますが、そこから進んでブースト型原子爆弾や、水素爆弾を開発しようとなった場合に必要な材料として「リチウム」が挙げられます。

北朝鮮が水爆を開発しようとした場合、「水爆用のリチウム」を開発する必要があります。水爆用のリチウムとは、同位体である「リチウム6」を濃縮した「濃縮リチウム」であり、これが水素爆弾において重要な核融合燃料となるばかりか、原子爆弾の起爆装置や、強化型の原子爆弾(ブースト原爆)にも利用が可能な「トリチウム」も生産できるということになります。

天然に存在するリチウムには、その92.5パーセントが「リチウム7」であり、残りの7.5パーセントが「リチウム6」です。どちらも核反応によってトリチウムを生産することができますが、「リチウム6」の方がより少ないエネルギーでトリチウムを生成することができるため、このリチウム6の比率を高めた「濃縮リチウム」が核兵器に用いられるのです。

リチウム(Li)と中性子(n)の核反応式

Li-6 + n → He-4 + T + 4.78MeV (1)
Li-7 + n → He-4 + T + n - 2.47MeV (2)



(1)のリチウム6の核反応は核反応とともにエネルギーを発生させる発熱反応ですが、(2)のリチウム7の核反応は、エネルギーを吸収して引き起こされる反応です。また、(2)はエネルギーの高い高速中性子で引き起こされやすい反応であり、エネルギーの低い熱中性子でも反応を引き起こしやすい(1)の反応のほうが、より効率的にトリチウムを生産できます。

ウランやプルトニウムと異なり、あまり触れられることのない物質ですが、現代の核兵器開発において非常に重要な物質であるため、北朝鮮国内の動きに注目したいところです。北朝鮮は以前から水爆を開発していると明言していましたが、リチウムを巡る動きを見れば、その可能性をより高めるものであること、またこれまでの核開発そのものが順当なものであり原子爆弾開発の事実をも裏付けるものでもあるのです。


核兵器と核融合燃料


現在配備されている多くの核兵器は、おおよそ段階的に

・純粋な核分裂兵器(原子爆弾)
・小規模な核融合を利用し、核分裂の効率を高めたブースト型原子爆弾
・大規模な核融合と核分裂を併用した核融合兵器(水素爆弾)


の3種類に分類することができます。
核兵器に核融合を利用する場合には、核融合反応を起こすための燃料として、重水素とトリチウムが利用されます。
重水素同士の核融合反応である「D-D反応」と、重水素とトリチウムの核融合反応である「D-T反応」の2つの反応が生じますが、より反応を起こしやすいD-T反応が主に生じることになります。

重水素は自然界にも極微量ながら存在するため、電気分解などで得ることができます。しかしトリチウムは宇宙線の核反応によって発生するものが高層大気中にわずかに存在する程度です。そのため実用的な量を得るには、人工的に生成する必要があります。トリチウムはリチウムに中性子を照射することで生成することができるため、兵器級プルトニウム生産用の原子炉でトリチウム生産も並行して行う場合が多く見受けられます。ウランに中性子を照射してプルトニウムを作り出す、プルトニウム生産用原子炉は運転中の頻繁な燃料交換に対応しているため、トリチウムの生産にも用いやすいのです。


ブースト原爆と水素爆弾


ブースト型原子爆弾の場合は、ガスの形で混合した重水素とトリチウムが用いられ、核分裂反応で生じる熱エネルギーによって核融合反応を引き起こし、核融合反応で生じる中性子で核分裂反応をより促進させるという方法が取られます。

水素爆弾の場合は、大規模な核融合反応を利用するため大量のトリチウムが必要となりますが、そんな大量に爆弾内に収納することができません。そのため、核爆発の瞬間に重水素と結合させたリチウムである「重水素化リチウム(LiD)」が用いられます。重水素化リチウムは核爆発の際にまずD-D反応によって大量の中性子を発生させ、その中性子をリチウムに吸収させます。この核反応によってリチウムからトリチウムを大量に生成し、D-T反応を発生させるという方法が取られています。


原子爆弾の起爆装置への利用


トリチウムの利用方法としては、原子爆弾の起爆装置に用いるという方法もあります。トリチウムはリチウムを原子炉で中性子照射することで製造が可能ですが、このトリチウムは原子爆弾を起爆させる際に核分裂連鎖反応を開始させるための中性子発生装置(ENS)にも利用できます。

外部中性子源(ENS)とは、トリチウムを吸蔵させた合金に対して、小型の静電加速器によって重水素イオンを衝突させることで、小規模な核融合反応を起こさせるというものです。この核融合反応もD-T反応であり、反応と同時に発生する中性子が、プライマリの核分裂連鎖反応を開始させるための「火種」となります。

DIwj4c9UQAEVoAr.jpg

写真の黒い円筒形の装置はこのENSである可能性が高いと思われます。そしてENSを用いているということは、そこに必要となるトリチウムも製造する能力があるということを示していると思います。

原子爆弾を起爆させるには、核分裂性物質の中心部にポロニウム210等のアルファ線を放出する放射性物質と、ベリリウム等の軽元素を組み合わせた中性子発生装置を組み込む方式もあります。これは軽元素がアルファ線によって核反応を起こして中性子線を放出するという(α,n)反応と呼ばれるものを利用しています。この方式は長崎型原爆「ファットマン」等で利用されましたが、核分裂性物質の中心部に邪魔な物質が存在してしまうことになるため、核分裂連鎖反応がある程度妨げられてしまい、核兵器の威力を低下させてしまう恐れもあります。そのため現代の核兵器の殆どはこのENSと呼ばれる、小型加速器による核融合反応を用いたものが利用されます。


リチウム6の製造法


天然に存在するリチウムは、そのいくつか同位体のうち、リチウム7が大半を占めています。リチウム6も天然に存在する物質ではありますが、その割合が非常に少ないため、必要な量を確保するためには「濃縮」を行う必要があります。

同様に存在料の少ない同位体を増やすために行われるウラン濃縮の場合、天然から採掘・生成されたウランに僅かに含まれる核分裂しやすいウラン235を、大部分を占める核分裂しにくいウラン238との質量の差を利用した遠心分離などによってその比率を変えることができます。

COYGTBWUEAEJncU.jpg
▲アメリカにおける「COLAX法」を用いたリチウム濃縮設備(Credit:USDOE)

それに対してリチウム6の濃縮には水銀を利用した「COLAX法」と呼ばれる化学分離が利用されます。リチウムは水銀と混ざることでアマルガムと呼ばれる状態になりますが、そのアマルガムを水酸化リチウム溶液(LiOH)と接触させると、リチウム6を選択的にアマルガムで濃縮することができます。これはリチウム6がリチウム7よりも水銀に対する親和性が高いことを利用しています。使用した水銀は再利用することができ、化学プラントで大規模に生産することも可能です。そのためCOLAX法はアメリカ等の核兵器開発でも利用されていた濃縮技術です。また質量の違いを利用した「真空蒸留法」と呼ばれる方法もありますが、こちらは真空中でリチウムを熱して気化させ、軽い方のリチウム6を選択的に得るというものです。

水素爆弾で使われる重水素化リチウムは、高温高圧の環境下でリチウムに重水素ガスを吹き付ける事で製造が可能です。重水素は天然に存在する水にもわずかながら含まれているものであり、通常の水素(軽水素)と比較して倍近い質量を持つことから化学反応のしやすさが異なります。水の電気分解では軽水素のほうが重水素よりも分解されやすいことを利用し、100パーセント近い比率の重水を得られます。

COYEYFKUsAA3Yn0.jpg
▲水素化リチウム(LiH)(Credit:NASA)


北朝鮮によるリチウム6の製造と研究


北朝鮮が国外から水銀とリチウムを輸入していた場合、それは濃縮されたリチウム6とトリチウムを入手できている、もしくは将来的に入手できるという可能性が大きくなります。これらの核融合燃料が存在した場合、

・原子爆弾に用いられる起爆装置
・ブースト原爆の核融合燃料(重水素・トリチウム混合ガス)
・水素爆弾用の核融合燃料(重水素化リチウム)


が得られるということになります。

実際、北朝鮮の学術誌にはリチウム濃縮に関する論文が掲載されており、少なくとも生産に必要な技術に関する研究開発が行われているのは間違いないでしょう。北朝鮮は90年代ごろからリチウム濃縮に関する研究を進めており、1996年の時点で既に「アマルガム溶液系におけるアルカリ金属の動力学的同位体効果」という論文が発表されています。水銀アマルガムの調製に水酸化リチウム水溶液の電気分解を使用したことが示されているほか、他にも水銀アマルガムの組成、溶媒、撹拌システム、水酸化リチウムの流体力学的な挙動に関する論文が公表されています。

また、必要となるリチウムや水銀、その他の機器は中国から2012年頃に調達されたのが、国連の調査などによって確認されています。水銀は約1トン、水酸化リチウムは数十キロが調達されたとされています。

そしてチウム6の製造を行うプラントは、北朝鮮の北東部の都市であるハンフン市のハンナム肥料工場であるという可能性が高いとされており、ここでは2009年、2012~2014年、2016年にそれぞれ新しい建物が建設されていることが商業用の地球観測衛星の画像によって確認されています。しかし実際にどれくらいの生産能力があるかなどは不明です。しかし少なくとも年間数十キログラムの生産は可能であると見積もられており、これは核兵器に使用するリチウム6と、数グラムのトリチウムを得るには十分な量でもあります。

Hungnam Chemical Complex near city of Hamhung, North Korea, June 2, 2016

Recent Construction at the Hungnam Chemical Complex, June 2, 2016
▲グーグル・アースによって確認された、リチウム6濃縮工場の可能性が高いとされる「ハンナム化学工業複合体(Hungnam Chemical Complex)」(2016年6月時点)(Credit:ISIS)

リチウム自体の濃縮工場は、一般的な化学工場と大差なく、重要な監視対象となる原子力関連施設と異なり、監視が難しく実態がわかりにくいという実情もあります。


北朝鮮の学術誌で公表された濃縮リチウム製造関連の論文

Kim Chu’ng-man, Kim Yong-nam and Ri Yun-ch’o’l, “On the Kinetic Isotope Effect of Alkali Metal in the System of Amalgam-Solution,” Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, May 10, 1996, KPP20090327106001.
アマルガム溶液系におけるアルカリ金属の動力学的同位体効果

Han Kyo’ng-ch’an, Rim Sun-chong and Ri Ch’ung-so’ng, “Effect of Propylamine on Decomposition of Amalgam in Lithium Amalgam-Aqueous Solution System,” Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, January 29, 2009, KPP201001112106003
リチウムアマルガム水溶液系におけるアマルガムの分解に及ぼすプロピルアミンの影響

Kim Chu’ng-man, Kim Yong-nam and Ri Yun-ch’o’l, “On the Kinetic Effect of Alkali Metal in the System of Amalgam-Solution,” Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, March 02, 2009, KPP20090327106001
アマルガム溶液系におけるアルカリ金属の動力学的効果について

Ch’oe So’ng-ku’n, Ri Hye-song and Ri Yun-ch’o’l, “Isotope Equilibrium Reachtime in the Amalgam-Aqueous Solution System of the Alkali Metal with Countercurrent,” Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, October 10, 2008, KPP20090402106001, and Kim Chung-man and Ch’oe So’ng-ku’n, A Method for Calculating the Overall Mass Transfer Coefficient and the HETP (Height Equivalent of a Theoretical Plate) of Mass Transfer Process in the Packed Column, Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, February 10, 2015, KPL2015082612073418
逆流を伴うアルカリ金属のアマルガム水溶液系における同位体平衡到達時間

Ch’oe So’ng-ku’n, Ch’oe Kwang-sik and Kang Ch’o’l, Investigation of the Primary Components of Electromagnetic Vibration Stirring System in the Amalgam-Aqueous Solution System of Alkali Metal with Countercurrent, Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, April 10, 2014, KPP2016020371664090, and Ch’oe So’nh-ku’n and Kang Ch’o’l, Investigation on the Stirring Drive Machine-Electromagnet in the Amalgam-Aqueous Solution System of the Alkali Metal with Concurrent, Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, March 10, 2015, KPR20160367892891
アルカリ金属のアマルガム - 水溶液系における電磁振動攪拌システムの主要構成要素の検討

Ch’oe So’ng-ku’n, Kang Ch’o’l and Kim Chi-yo’ng, Effect of the Electromagnetic Vibration Stirring on Isotope Enrichment in Flag Flow Separation Process with Countercurrent, Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, June 10, 2016, KPR2016071528807664, and Ch’oe So’ng-ku’n, Ch’oe Kwang-sik and Kang Ch’o’l, Investigation of the Primary Components of Electromagnetic Vibration Stirring System in the Amalgam-Aqueous Solution System of Alkali Metal with Countercurrent, Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, April 10, 2014, KPP2016020371664090

An So’ng-chin, O Su-il and Kim Yong-nam, “Studies on the Enrichment Equation of Counter-Current Two-Phase Isotope Separating Cascade using Isotope Current Density,” Kim II-so’ng Taehak Hakpo: Chayo’n Kwahak, May 10, 2004, KPP20041015000209
同位体電流密度を用いた向流二相同位体分離カスケードの濃縮方程式に関する研究




核兵器開発とリチウム


核兵器を開発するには、高濃縮ウランや兵器級プルトニウムといった特殊な核分裂性物質が必要です。それは核融合を用いる水素爆弾であってもその起爆に原子爆弾が必要であることから欠かせない材料です。

核兵器に適した核分裂性物質は天然に存在せず、製造にも非常にコストが必要となります。ウランを濃縮する場合は大規模なカスケードを持つ巨大な濃縮プラントが必要ですし、プルトニウムを取り出すには原子炉や化学分離を行うプラントが必要になります。

そもそも核分裂性物質は兵器向けであるかどうかに関わらず厳重な監視下に置かれ、多くの国ではIAEAによる査察対象となっているものです。つまり核兵器の不拡散は、核兵器向けの核分裂性物質の作りにくさ・入手しづらさを担保に、それを監視下に置くことで成り立っているものでもあるわけです。

逆に言えば核兵器に適した核分裂性物質を入手できてしまえば、そこからブースト原爆や水素爆弾に発展させる事は、材料の面だけで言えば困難さは減るわけです。

リチウム6やそこから作られるトリチウムも、ウランを精製できるだけの化学プラントや、プルトニウムを生成するための原子炉があれば困難ではありません。実際冷戦時代には多くのプルトニウム生産用原子炉ではトリチウムの生産も並行して行っていました。

リチウムや水銀は、ウランやプルトニウムと比較すれば段違いに入手しやすい物質です。実際身の回りでも電池や体温計などにも使用されているくらいです。

北朝鮮は以前から水素爆弾の開発を明言していましたが、こうしたリチウムに関する研究開発も進んでいることが、実際に水素爆弾の実用化を目指している可能性の高さを物語ってる上に、これまでの核兵器開発も順当なものであったことが伺えます。


参考:http://isis-online.org/isis-reports/detail/north-koreas-lithium-6-production-for-nuclear-weapons/
North Korea’s Lithium 6 Production for Nuclear Weapons
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

今井智大原子力

いまいともひろです。

偉大なる88年生まれ
偉大なる三重県出身 偉大なる東京都在住
今井智大公式サイト
原子力・科学技術愛好センター
ともにゃんねる